文化・芸術

2014年10月13日 (月)

秋の文学ツアー

秋晴れのいちにち 井伏鱒二の文学ツアー

このたびのテーマーはなんと井戸・・・松永・糸崎・尾道 を巡る

この辺りの古文書から・・・名をはせ実在した 井戸石工の物語 小冊子にして下さってて

バスの中で一気に読めた

ふ~んあの花子のように・・・古文書の1文から・・・空想の世界をふくらませて・・・この物語が生まれたのかと!

井戸のかの石工の石積みは特有の樽型?だまされて美人の妻を奪われた彼は甲府の地へ

その地でも同じ石積みの井戸を掘ってないかと井伏さんは史実を探したそうな

そうか彼はあのほう 富士見町の方に別荘を持っていらしたな~

井伏さんの見て歩いた井戸を巡る・・・彼とその井戸の写真も見せていただく

彼の実家の庭にも立派な石組みの井戸がある・・・井戸への思い入れも強かったのか

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まずは松永・・・はきもの博物館の南のあたりにあった 懐かしきポンプ

この横には料亭‶夢かぐら"・・・いろいろまわってお昼はここで おいしかったな~♪

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はきもの博物館を寄贈されたお宅の裏にあるこの井戸

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水すじ・・・水道のなかった昔 我が家でも水すじを読んで昔の人は3つの井戸を掘っている

くみ上げても次の日は一杯に・・・その一つは元禄年間に?・・・げんろくつぼというのだ

樽のように中は膨らんだ石積みだ~

井戸を掘るということの文化を考える

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水道の時代になった今 でも保存されて水神さんを祭ってある この井戸最大で口径がすごかった・・・南には高い山があってそのすそ野

そして糸崎

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この前の道をいつもチャオに行くとき通った・・・気が付かなかったな~

前には三原の道の駅などへのトンネルの掘った残土が海を埋め立てて平地が出来ている

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そこには大木のクスノキが・・・見上げて気をもらう

ここの井戸を彼は見に来ていた・・・あの山からの水すじですと神主さん

すぐ前は海なのに 軟水の真水 この水で横に稲が実ってた

尾道の浄土寺の石段はきつかった

今日の新聞に平成の大修理なると出ている9億6千万円とか・・・すごい

門をくぐったとこの石段をウガス工事をしてて どうしてと聞くと・・・横の百日紅の木の根が石段をぐさぐさにしたのですと・・・木の根は怖い!!

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浄土寺の庭園に小さな秋が来ていた 17日にお披露目とか・・・御開帳もあるのかな?

いろんなことに触れた秋の1日でした




2014年2月17日 (月)

寒い時の美術館巡り

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美術館の中から外の景色・・・森の中にある・・・ 前から気になっていた

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オランダの奥深くにある クレラー=ミュラー美術館 夫婦愛が育んだ感動のコレクション

東京の国立新美術館から始まった巡回展 広島県立美術館…16日で終わり

雪で真っ白の景色のなか外仕事は出来ないのでちょうどいい・・・フィギャーのショートを見た朝の寝不足の体を押して・・・行けてよかった♪

結構たくさんの作品が来ていた でもそれは印象派を超えて・・だからモネはない…点描の画家たち

こんなにたくさんのスーラやシャックの画にあえて

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彼女のコレクターとしての優れた才能・・・ゴッホの画も多く彼も点描の色彩表現をためしていた

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これがゴッホの・・・思わず買って帰った そして点描を超えてそれぞれの画法に

モンドリアンもピカソも・・・その過程が垣間見える画に会えたのは え~そうだったのかと・・・

解説書で読んでも頭からすぐ抜けていくのに・・・実感できた そして点描を満喫した

オランダに旅行した友に聞くと・・・ここに行っていた さすが!

そして昨日のTV NHK日曜美術館で東京の時のを放送していた この画を取り上げて・・・

今開かれている世界らん展にでていたししゅうの清川さやかさんがご一緒だった

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美術館すぐ横の縮景園 梅の開花は?と入って見る

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ロウバイ満開

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白梅がいい景色で・・・

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東京では第2の雪で新幹線も遅れていたこの日 広島は雪なし 紅梅もまだ咲きはじめ

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原爆ですべてが灰燼に帰した縮景園も 今木々は生い茂り そこここで枝のカットが・・・

クレーン車で・・・いいなあ うちのミモザの木脚立で切らなくては!!

そしてすぐ近くのひろしま美術館にも

ここの常設展もいいですよね~ 

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開館35周年記念 大観や松園の・・・どこの美術館から来てるのか?

いいえぜんぶ当館のコレクションです・・・と ♪

満喫して 夜はもう目が開かない・・・・一眠りして目覚ましで2時起床

やはりLIVEでないと・・・フリー 羽生選手 金メダルおめでとう!!・・・大ちゃんも大変な中短く感じたきれいなすべり 町田選手も頑張る姿・・・感動をありがとう

クリスマスローズも重たい雪の下から茎もひとつも折れないで…起き上がる

不屈の精神

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2013年9月30日 (月)

井伏鱒二文学 ツアー

Dsc_0107 ツアーが鞆の浦と熊野焼窯と聞き・・・秋晴れの空の下参加する

まずは 草戸の明王院・・・日本最古の木造建築は法隆寺2番目は室生寺・・・ここは5番目だそう そんな国宝が身近にあるのに 遠くから眺めているだけで・・・ 境内にはスイレンの池や散策路もあった

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庫裡の入り口や軒に何か所かこのクライミング・エスカルゴがいい感じに紫の花を咲かせていた あたらしき感覚!

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昭和43年 鞆の雁木で小憩・・・とこのあたりに腰かけられてる井伏さんの写真が載ってるパンフをもらう

福山の名勝鞆の浦は 彼が小学生時代に祖父らと長期滞在して以来 

深い愛情もってしばしば訪れている・・・随筆にも小説にも!と・・・「さざなみ軍記」「鞆ノ津茶会記」

ボランティアガイドの女性が 浦・・・万葉集の頃→津→港・・・と新しい呼び方になると・・・なるほどそうなんだ  初めてこの地をガイド付きで歩く ぜんぜん違う理解と見方! 

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安国寺の枯山水庭園 ソテツは冬も元気だそう 安国寺恵瓊 山中鹿之助の話を聞く

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境内での彼岸花

今年は花の盛りが短いようだ

鞆の浦は宮崎駿作品 崖の上のポニョでも話題に・・・彼もここに滞在した

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モデルになった赤い屋根の別荘は今やぐらを組んで修復中 医王寺も見える

鞆の浦埋め立ての問題は悩ましき・・・どちらにも正義があると

住んでない私たちはとんでもないと・・・・しかし暮らしにくいこの土地からは若い人は出ていくばかり いろんな問題を聞く

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倉庫の腰板は舟を解体した木を・・・塩分があって腐りにくい ホント曲がってる

その上のトイに・・・見てください

Dsc_0139Dsc_0156あら~あそこにタコがかかってます・・と

えっと見上げる私たち

鳥たちが海からくわえて 落としてしまったのです

と・・・

←ここに

そしてこの路地を抜けてすぐ海辺に出ると頭の上で大きな鳴き声・・・見上げると


いるではありませんか!!

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空ではたくさんのトンビが輪を描いて飛んで♪

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そしてうれしい景色に出会えた コバノランタナの見事な懸崖・・・海のミネラルゆえか♪

熊野焼の皿谷緋佐子さんと井伏さんの交流は〝尊魚”で読んでいた

お話が聞けるそうで・・・

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ご自宅の工房に伺って・・・みのる先生の実演を見せてもらい

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井伏さんとの交流のお話を聞いて・・・彼のお酒はウイスキーだったそうで意外!

緋佐子先生に〝花の絵はどのようにして?”との質問・・・〝何度もスケッチします”

ホントそうですよね・・・描こうとしてその花をなんにもしっかり見ていない

花弁は何枚か・・・葉の付け根はどのように・・・

絵付けをさせてもらったが・・・難しかった~後でこのコップが送られてくる

実先生の奥様は我が家にもいらして・・・ここのメダカをいただいたことがある

久しぶりだったがお元気でなにより

10月には天満屋で2人展が催されるそうである♪

また違った鞆の浦を見つけた1日 ありがとう!!

 

2012年11月 7日 (水)

文学ツアー

隣村にアル井伏鱒二の生家 生まれ育ったこの地方

ひこさんの参加についていった

最初に寄ったのが井原の田中美術館・・・ちょうど国立西洋美術館の松方コレクションが来ていて なんとモネやルノアール 近代美術に出会うことが出来た♪でも時間がたらない・・・

何で井原・・・井伏の父がこの井原で生まれ育ったのだ

井伏鱒二の父親、郁太の生家(大山家)

Dsc_0031 本家分家が並んでいて・・・本家の方だそう

近くには歴史のアル興譲館高校

Dsc_0023 校門 講堂・・・創立時の畳の学問所 そして エッ紅梅?

Dsc_0022 学内の案内の方に伺うと・・・開祖 坂谷氏のお手植えで 150年経っていますと・・・

Dsc_0019 春にはピンクの花が咲きますと・・・う~ん・・・紅梅 こんなにツッカエ棒が必要なんだ!!

我が家のもドンドン枝幹が下がってくるとひこさんが言ってて・・・2人で見上げる!

高屋の従兄弟の奥さんは大山から来てるのよ 古い家からもらったと叔母が言ってたけど・・・

今度確かめてみよう

父の育太は鱒二が5歳の時なくなってる

育太の姉の嫁ぎ先松岡家に鱒二は母に連れられて歩いて幼少の時この地を通ったそう

それは笠岡に続く道

Dsc_0039 もと庄屋だそうで・・・古い式台玄関が残っていた 手前の木の葉っぱはタラヨウ

一枚もらって 葉の裏に文字を書く そう字のかける葉っぱなのだ

Dsc_0041 そして枯山水のお庭も!!

奥様は私らと同じ年頃・・・この横にはたくさんの薔薇の鉢植えが・・・ノボタンも紫に咲いていた 写してない・・・

笠岡の山口に生家のアル木山しょう平 井伏や太宰治たちとの深い交流の文人

Dsc_0032 今は子息は東京 中にはなんとゴッホの自画像の絵や小野竹僑の絵がかかっていた!!

ここで 大変なことが・・・途中寄った青野のぶどう館に2人を置いたままきたらしく・・・又引き返して

Dsc_0024 女性の2人・・・バックも資料もバスの中 心細かったことでしょう 

青野のぶどう・・・我が家の隣の奥さんはこの青野から・・・実家のブドウ作りをされている

おかげで おいしいブドウをお安く戴いて!青野から三谷を通って帰るときイノシシによく出会うそうで・・・この前は車にぶつかったとか・・・

私は来た事がなくて・・・こんな高地で・・・皮ごと食べれるマスカットを買って・・・おいしかった

笠岡の竹僑美術館の横の図書館には木山の文学コーナーがある

Dsc_0028 こんなモダンな新しいバスで・・・ハプニングもイロイロ それもまた 終わりよければすべて良し!!

2011年11月 7日 (月)

井伏鱒二文学ツアー

Dsc_0080 先日 ひこさんに ツアーのさそいがあり・・・・私もいきたいとついていった!

井伏鱒二はわが中条の隣村 粟根・・・彼の生家もある・・・・

彼の作品にも出てくる中条の山…加茂の山 丹下氏邸 四川や大谷池・・・みんなこの記念碑から見渡す谷間に たくさんの作品のルーツがあるのです

せっかく近くに住んでるんだから・・・・井伏鱒二研究会の主催だし・・・奥深いこともわかるかな~と!

雨の予報でしたが・・・・晴れ女2人がいたので 小雨ややんでくれたり・・・よかった

生前は記念碑類は辞退されて95歳で亡くなった後 ご家族の・・・もう許してくれるでしょうと

いうことで この地に!

“このさかずきを うけてくれ・・・・さよならだけが人生だ” 酒豪でも長生きされて!

Dsc_0085 生家です 戦時中はこの横の離れに2年間家族で疎開・・・

サンショウウオはこの横の四川にいたんでしょうか?・・・当主の甥の方が「いえ それはない

誠之館のころあっちの堀で飼ってたサンショウウオにかえるを食わせてたと・・・」

体験はあったのだ 会の方がたくさんの資料を用意してくださり それによるとここは

室町1441年以来の旧家だそうである

Dsc_0082 持ち山を借景に・・・左の あずまやは叔父の要請で建てたと・・・ ツワブキの花が咲いていた

小説「丹下氏邸」の家にも行ってみる 大谷池は道が狭いので行かなかった

以前行ったことがある 「朽助のいる谷間」の舞台

Dsc_0091 そして 代表作『黒い雨』の資料を提供した 重松静馬・・・生家

神石の小畠にある  

近くに志摩利という記念館が出来ててそこで当主で館長の重松文宏さんから

話を聞く 重松日記のいきさつ・・・原爆の重さゆえに井伏さんが辞退したり

土地も大畠とか小畑とか名前も仮名にしょうと提案したのを重松さんが実名を使ってと頼んだ書簡・・・他のいろんな彼との往復書簡をコピーしたのをいただく

亡くなった後 文宏さんが遺品の中から見つけたそう・・・

若い頃読んだ「黒い雨」の背景が・・・・ここにありました静馬さんの日記・・・この家のここで書いていたのですとおうちの中を見せていただく Dsc_0103そして 「黒い雨」の終章となる乱塔池・・・白い虹でなくて五彩の虹が出たら矢須子の病気が治るんだ・・・ 白い虹の意味が 研究会の方が悪い時に現れる虹のことです

中国の史記や五一五事件の時も現れた・・・そうなのかと

この池のどの方向に見えたのかとか・・・・検証されて・・・井伏さんも何度もこの地を訪れたそうである

井伏さんの本宅は東京・荻窪 そこに清水凡平 皿谷緋佐子 和田貢 大楽華雪氏たちが集ってたことや この人たちと夏の執筆場所山の山荘・・・に行ったこと

山の山荘は信州・富士見駅からバスで高森の井伏山荘とある

私たちも村田晴夫さんのバラ園をたずねて八ヶ岳近くのあの富士見駅の辺りを旅したものだ~♪ ちなみに冬は岡山の牛窓で執筆   

井伏さんが帰郷した時の常宿の小林旅館・・・の小林さんも同行思い出を話されて・・・

今駅前の白バラのとこが旅館跡らしい!! Dsc_0108_2 小畠は天領・・・幕府の直轄地であったそう この池から眺められるとコにいくつもの

小高い山城の後が史跡としてあるそうな 父がいたら感慨ひとしおだろうな~

この山もその1つとか・・・・

いろんな資料をもとに井伏文学の一端を垣間見た!

2011年11月 3日 (木)

東城散歩ギャラリー

いつも県北に行く時素通りしてしまう東城の町

今 東城まちなみぶらり散歩ギャラリーが開かれている・・・・気になっていた三楽荘・・・

行く途中 三和のボンボ・シュクレ(こんぺいとう)のガーデンによってみた

Dsc_0058 バラもチラホラ咲いていて・・・ナナカマドが真っ赤な実をたくさんつけていた 下は一面のアゲラタムのブルー一瞬ユーバトリュームかと・・・!

標高400位・・・このあたりでナナカマドがこんなに育つのだ 

Dsc_0057 トイプードルの原種・・・だとか 絵にナルかわいこちゃんがいた このお庭から尾道の花火が見えるそう やまなみの景色に・・・ここに住む・・・と ありがとうございました!

Dsc_0063 我が家からちょうど1時間で東城に着きます  有名な竹屋饅頭のお店

このみごとな金屏風・・・お聞きすると・・・どうも昔の武将の絵を組み込んで屏風にしたらしい・・・と

でも年代がかいてないのです・・・と 数ある屏風の木箱をあけて・・・みんなカビがきたり虫食いで出せるのはこの品1つ・・・昭和37年に1回出したきり・・・このたび2回目Dsc_0059 この期間だけは たたら製鉄の集散地「くろがねどころ」として栄えてきた城下町 東城の

町屋をギャラリーとして・・・離れにとおされて 昔ながらのガラス戸から中庭

Dsc_0061 京の町やにしても 木のもつ文化は共通してる そのところどころで変化して・・・・

この欄間にひかれた このまちなみの明治の商家を手がけた その当時日本の5指の中に入るほどの名だたる棟梁・・・・次に行った あの三楽荘もその1つだそう

Dsc_0074 明治24年 醤油・酒の醸造 変遷をへて戦後は旅館業 ・・・知ってた この前を何度通ったことか! 2年前廃業 市に寄ぞう 今 国の有形文化財

中はすごいのです 木は100年を過ぎてもこんなに美しく呼吸している

屋久杉の欄間

Dsc_0069 屋久杉に牡丹の欄間

Dsc_0073 たくさんの部屋 2Fから庭の眺め・・・・

Dsc_0071 蔵の前にほこらになった紅梅の木だそう!

木曜 PM10時からBS朝日で「百年名家」を・・・今日のも共通項が多かったなあ~

Dsc_0076 TVで放送していた・・・・後藤の赤酢・・・食卓に飾れるデザインの瓶 グットデザイン賞

廃業しそうなのを若いお嫁さんが考案して・・・・赤酢 我が家は黒酢なのだが とってもいい酢だそうで買って帰る

もちろん地酒の超群も!!そこもギャラリーになっていた